ボロージャのZUMZUMZUM

ヴォルガ河をたずねて

9月末日の土日に、友達と2人でロシアははるか南に位置する地方都市、ヴォルゴグラード(ヴォルガ河の町の意)へ旅行して来ました。第二次大戦時に対独攻防戦の舞台となり、1961年までスターリニングラード(スターリンの町の意)と呼ばれていた町です。

モスクワから電車で18時間強。旅費をけちって解放寝台で行ったんですが、周りは良い人ばかりで、のんきにおしゃべりしたり、子供と戯れたり、食べ物もらったり、酔っ払いとからんだりしてあっという間に過ぎてしまいました。

ヴォルゴグラードについてから先ずしたことといえば・・・ホテル探し。笑 無計画な2人ですので仕方ない。道で見つけたホテルにチェックインして、いざ観光。

バスに乗って待ち一番の観光名所「ママエフ・クルガン(ママイの丘)」へ。ここは対独戦で犠牲になった兵士たちを祀った慰霊堂や、銅像、「母なる祖国像」という巨大な像がある記念公園。ソビエト軍のプロパカンダが壁に掘り込まれていて、「戦争に勝った」ということを今も誇りに思う気持ちが伝わってきました。敗戦国に生まれた僕たちが感じたことの無い前向きさがあります。

ここでのお目当ての「母なる祖国像」は近くで見ると圧巻。快晴の空に映える像を横目にヴォルガ河沿いの町を一望してひとやすみ。ここで戦争があったなんて信じられない。


Mamaev-krugan.jpg



丘を降りて、今度は港へ。ピロシキを買い込んで、ヴォルガ河のクルーズへ出発。30度近くあったので、ヴォルガ河の風が気持ち良い。1時間たっぷりクルーズして70ルーブル(≒350円)。破格。


Volga.jpg



クルーズの後は、川沿いを散歩しつつ次の目的地、「スターリニングラード攻防戦パノラマ博物館」へ。ここは先に述べた対独戦の資料を集めた博物館。対独戦の経緯について、新聞記事や写真で展示されていて興味深かった。日本の戦争関係の博物館と違うなあと思ったのは、対独戦の英雄兵士たちの展示が異常なまでに多いのと、犠牲者に関する展示が少ないこと。「戦争を繰り返さない」というメッセージより、「祖国のために戦った軍人の英姿を忘れるな」ってメッセージを発信してる気がした。誇りに思うことは大事だけど、戦争の悲惨さも伝えないと・・・って思うのは日本人だから?色々考えさせられる博物館だった。

日も傾き、お腹もすいてきたので、市場探し。トラムのホームで道を聞いたおばあさんが親切に市場まで連れて行ってくれたので、迷うことはありませんでした。お菓子を買い込んで、次はスーパー探し。貧乏旅行丸出し。笑

・・・

次の日は朝から州立郷土博物館。学生証提示で10ルーブル(≒50円)。ここは何でも安い。工事中だったので、別の場所に展示が移されていて迷ったけど、十分もとはとったはず。前線からの手紙は辞書を片手に読んだ甲斐があった。


大方観光を終えた正午過ぎ、重大なことに気が付く。


・・・




切符がなーいー!





ガイドブックに挟んでいたんだけど、手に持ってるときにどっかに落としてきたみたい。やばい。

ホテルも探したけど、やっぱり無いので駅の切符売り場へ。

切符なくしちゃったけど、パスポートもあるし(ロシアの人も外国人も買う際に番号を控えられる)、席番号も覚えています、っていったら、サヤヴレーニエ(届出、もしくは嘆願書)を書くよう言われ執筆。寮のお金を返還してもらう際に書いたことがあるから2回目。慣れたもんです。(嬉しくない)

届出提出後、即座に席の確認が取れたので切符再発行。切符売り場のおばさんに感謝。これでモスクワに帰れる。切符発行代は400円ちょっと。再発行してくれることにも、この値段にも驚き。

その後は駅構内で話しかけてきたお婆さん、日本に嫁いだ娘を持つタクシー運転手、乗り合いバス待ちの若い軍人たち、といった具合に次々と妙な人に出会っておしゃべり。話好きなロシア人らしいと言えば普通なのか?笑 時間が来て、モスクワ行きの列車へ。疲れていたせいかぐっすり眠れました。完全に油断してたw。朝起きたとき下のベッドのおばさんに「あなたパスポートをいれたポーチ落っことしてたわよ」と手渡される始末。気をつけなきゃ。

帰ってきた翌日は、冷蔵庫に長いこと放って置いたソーセージにあたって下痢・・・。(旅行の後だったから古いってこと忘れて食べちゃった。)授業の冒頭で休んだ理由を話すのがどれだけ恥ずかしかったか。笑

雨のセルギエフ・パサード


今日は朝からちょっとだけ遠出。モスクワから北北東へバスで1時間半くらい行ったところにあるセルギエフ・パサードに行ってきました。セルギエフ・パサード中心に位置する城壁の中には、トロイツェ・セルギエフ大修道院を始めとする数々の教会が建ち並んでいます。古いものは14世紀に建てられたそうです。中でもきれいなのが青い葱坊主屋根のウスペンスキイ大聖堂。天気が悪くて色が映えてなかったけど、それでもきれい。内壁の殆ど全てにイコンが描いてあってすごい迫力。大きいだけあって教会スラヴ語の祈祷も本格的。でも観光地化されているためか、女性でもプラトーク(スカーフ)を頭に巻いていない人が多かった。ちなみにモスクワ・クレムリン内部のウスペンスキイ大聖堂だと怒られます。笑

休日とはいえ、天気も悪いし、寒いから(12度)人も来ないだろうと思っていったのにすごい人だかり。トロイツキイ聖堂に入るのに行列。そして内壁のイコンをじっくり見る間もなく人の波に押され出場。少なくともスペイン語と韓国語と日本語は耳にしたぞ。

一番落ち着けたのがトロイツキイ聖堂と接着して建てられている博物館。イコンがたくさんあって見ごたえがあった。でも宗教用語が理解できず。香、福音書くらいが限界w
なぜか博物館内は人が少なくて、狭いところなのに1時間半くらいふらふらしてました。香炉とか福音書とか帽子とかマントとか全部豪華で、趣向を凝らしたものばかりです。アメジストだらけのイコンとかもありました。ほしい。笑

城壁の外に出た後はおもちゃ博物館へ。ロシアの人形劇ペトルーシカの人形や、マトリョーシカ、ソ連時代のおもちゃなど、いわゆる「ロシア的」なおもちゃの数々と中国・日本・ドイツなどの人形も展示してありました。ドイツにもマトリョーシカはあるみたいです。

帰りはモスクワまでエレクトリーチカ(近郊電車)で小旅行。初エレクトリーチカだったので大興奮。でも車内は椅子のみ。さむい。ちなみにセルギエフ・パサード駅は街中にあったのですが、他の駅は殆ど森の中にあって、ホームの両側が大自然でした。ロシアの田舎は自然がいっぱい。土曜日なこともあってか、みんな片手にビール。目の前に座ってた若者2人も顔が赤かったです。

モスクワについてメトロにのると、「帰ってきた」という安堵感に包まれました。まだ住んで3週ちょっとですけどね。笑 
モスクワに来てからは、寮では2人部屋、学校では友達と、という感じで一人の時間がなかなか持てなくて疲れていたので、今回の一人セルギエフ・パサードは良い心の休養になった気がします。終末の遠出も悪くない。また次を計画します。


おまけ:電車で若者に話しかけられたときの会話。


若者A「すみません、電話持ってますか?」

オカノ「D,DA・・・(は、はい)」

若者A「見せてください!!」

オカノ「へ?」


見せた後は「ありがとう、もういいよ。」的な感じで放置されました。なにこれ。
いわゆる酔っ払いってやつですか?笑

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