ボロージャのZUMZUMZUM

遺跡ハイキング

クリミア旅行終盤はヤルタを脱出してセヴァストーポリへ!(地図参照)

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朝から良いお天気だったので、この機を逃すまいと遺跡公園ヘルソネスХерсонесへ。
この地には遥か紀元前5世紀からギリシャ人が入植を始め、
経済・政治・文化の中心として長らく重要な役割を担ってきました。

公園内に入って突き当たりにあるのが守護聖人アンドレイ像と聖ウラジーミル教会

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【聖ウラジーミル教会と守護聖人アンドレイ像(Andrew The First-called)】

壮大な聖ウラジーミル教会の前には最初の徒弟であり、使徒であり、キリストの同志である守護聖人アンドレイ像が建てられた。教会の言い伝えによると、守護聖人アンドレイはタヴリーダ(※)の地に初めてキリスト教の教えの光をもたらしたという。ヘルソネスにおける使徒の宣教活動は成功を収め、神の恩恵によって人々に光を当て、彼らの心と精神に共感を見出した。考古学者がその時代におけるキリスト教会の痕跡を発見していないにもかかわらず、正教信仰の種は蒔かれ萌芽を迎えた。1世紀の後、ここ古代ヘルソネスからウラジーミル大公が正教の光をルーシへもたらした。

※タヴリーダ…1783年にロシア帝国がクリミア半島を併合した際に用いられた同半島の名称。

(絵葉書の解説より、拙訳および注釈は引用者)

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【聖ウラジーミル教会】

ヘルソネス古代遺跡の上には壮大な聖ウラジーミル教会が聳えたっている。これは1891年にルーシ洗礼900年を記念して、十字架教会(おそらくここでウラジーミル大公が洗礼を受けた)が発掘された場所に建設された。ヴィザンチン様式の2階建て教会の設計は建築家であり教授でもあるD. I. グリムによってなされた。ウラジーミル教会の壮大さと美しさには思わずはっとさせるものがある。台座はガスプリンスキー石灰岩製の石版が施されている。前面とペディメント(※)は大理石の十字架、大きな金メッキの十字架を頂く丸屋根に飾られ、トタン瓦で屋根が葺かれている。内装もまた同じようにその豪華さが特徴的である。聖堂はアカデミー博士F.I. チャギンの指揮の下、有名なロシアの画家V. I. ネフ、I. A. マイコフ、A. I. コルズヒン、I. T. モロキンによって描かれた。1924年には教会が閉鎖された。第2次世界大戦中、建物は砲弾の被害を受け、それ以後老朽化が進み、荒廃していた。1992年にようやく教会での祈祷式が再開され、行われた修復作業が教会を復活させた。

※ペディメント…切妻屋根(山形の屋根)と水平面の間の3角形の部分。

(絵葉書の解説より、拙訳および注釈は引用者)


このきれいな教会を横切って進んでいくと海にでます。
ここには4世紀から5世紀頃の遺跡が多く保存されています。
ぽかぽか陽気に海風が気持ち良い。

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↑ここには何が建ってたんだろう?

↓霧の鐘。1776年に鋳造され、クリミア戦争時にはパリに持っていかれたそうです。

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開けた土地なので海の眺めがきれい。
ピクニックに来てる人もいっぱい。↓

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なんの建物だったのかと思ったら、これは教会だったそうです。
4世紀終わりから10世紀まではちゃんと存在していたんだって!
1935年に発掘されました。↓

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このほかにも博物館、古代の劇場跡などここに町があったのかーと感じさせるものがいっぱい。
広すぎて全部回ってる暇はなかったけど、古代ギリシャの雰囲気は十分に味わえたはず。

キリスト教に関してもっと予習しておくべきだったかなー。
最近「日本に帰ったらあれしなきゃこれしなきゃ」が多い、無学な岡野さんでした。

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