今回行ったクリミア半島はウクライナの中でもいちばーんウクライナらしくないところ。
ウクライナ語の使用率はすこぶる低く、ロシア語が9割以上、クリミア・タタール語が残りといった言語環境。ロシア人曰く「エリツィンがウクライナにあげてしまった」クリミアはソ連崩壊後に独立をしようとするも、民族共存の形でウクライナ領クリミア自治共和国として落ち着いた。最近ではロシア語で教育をうけさせろーとデモがあったりと、ウクライナ語ができない人もけっこういるみたい。
そんなクリミアで「ウクライナ」探しをしてみた。
ウクライナ語に出会いたいとき一番手っ取り早いのが鉄道駅。
時刻表も出口入り口の表示もウクライナ語。

シンフェローポリ駅の表示。電車への入り口みたいなことが書いてあるはず。
ちなみにセヴァストーポリ駅では時刻表が読めなかったので明日の便を教えてくれといったら、
「大丈夫、読めるわよ。にたようなもんだから。」といわれ無理やり読みました。
Щодняが「今日」なことだけは覚えたv
国営事業である鉄道の他、道路標識や全国チェーンのスーパーの看板などはだいたいウクライナ語。それに反して地元の企業などの看板や小さい本屋さんにはウクライナ語はほとんどなし。
一番びっくりしたのがテレビ!
ウクライナ語のチャンネルが圧倒的に少なく、中にはロシア語吹き替えの映画にウクライナ語の字幕つきという、ロシア語の強さを感じさせる放送の仕方もあった。
こんな環境なので、町をふらふらしていたら自分がウクライナにいることを忘れてしまいます。
最初のうちこそ、ウクライナ通貨フリヴニャを見れば「ああそうだ、ここはウクライナだった」と思い出しておったんですが、田舎に行けば行くほどみんながフリヴニャをルーブル(ロシアの通貨)と呼ぶので気分はロシア国内。
ウクライナはどこにあるんだー?と思いつつヤルタの町で博物館を探していたら、
お目当ての博物館の上階に面白い博物館をみつけた。

この建物、1階はヤルタの歴史・文化博物館になっていて、当時ここを訪れた文化人たちゆかりの品が沢山保存されています。ラフマニノフが弾いたペテルブルク製のピアノとか、アンドレーエフの当時の版の本とか。
2階はというとウクライナの女流詩人レーシャ・ウクラインカの博物館。
実際に彼女はここに住んでいたそうです。

ウクライナ文学といえばエフトゥシェンコ?とゴーゴリのパパしか知らない岡野さん。
ドアを開けるが先にウクライナ語でなんか話しかけられ困惑。初めてちゃんとウクライナ語聞いた!
とはいえみんなロシア語ぺらぺらなので案内はロシア語でしてもらいました。
レ−シャはウクライナ語で作品を書いたそうで、今日でも広く読まれているらしい。
そんな彼女は結核の療養にヤルタへ来て、ヤルタでなくなったそうです。
作家としての仕事の他に、エジプトに造詣の深かった彼女は翻訳業もこなしていたんだとか。
6ヶ国語(たしか)知っていた彼女は自らが療養の地に選んだクリミアの文化にも興味を持ち、
とりわけハーン(汗)の宮殿のあったバフチサライを気に入っていたんだって。
そういうわけで学芸員さんに「絶対ハーンの宮殿いきなさい」と勧められましたw
博物館にはいるまで何一つ知らなかった詩人についてかなり断片的に聞かされた上、
展示品の本とか全部ウクライナ語なのですごいのかどうかはわかんなかった(笑)
それでも何かの縁かなと思ったので、町一番の本屋さんでレーシャ・ウクラインカの本を購入。
ロシア語訳を探したんだけどウクライナ語しかないって・・・。
ウクライナ語できる人だれか岡野に解説をくださいw
ウクライナ語が書いてあったので無理やりつなげますが
クリミアの名産といえばなんといってもクリミア・ワイン!

ラベルがウクライナ語で書いてあったので迷ってたら妙な英語で話しかけてきたおっさん一押しワイン、「マガラチ」を買いました。ロシアに帰って早速韓国人の友達と飲んだんですが香りも味も良くて大満足。モルドヴァのクリコヴォ・ワインよりクリミア・ワインのほうが気に入った☆値段もびっくりするくらい安いので、クリミアに足を運んだ際には是非!!
・・・とクリミアの思い出に浸る岡野さんがいるモスクワは現在15時半。
普段なら絶対家にいない、こんな早い時間になぜ家にいるか?
お酒弱いのにワイン→ウォッカとはしゃぎすぎたため、本日二日酔いで欠席したからですよ笑
ウクライナ語の使用率はすこぶる低く、ロシア語が9割以上、クリミア・タタール語が残りといった言語環境。ロシア人曰く「エリツィンがウクライナにあげてしまった」クリミアはソ連崩壊後に独立をしようとするも、民族共存の形でウクライナ領クリミア自治共和国として落ち着いた。最近ではロシア語で教育をうけさせろーとデモがあったりと、ウクライナ語ができない人もけっこういるみたい。
そんなクリミアで「ウクライナ」探しをしてみた。
ウクライナ語に出会いたいとき一番手っ取り早いのが鉄道駅。
時刻表も出口入り口の表示もウクライナ語。

シンフェローポリ駅の表示。電車への入り口みたいなことが書いてあるはず。
ちなみにセヴァストーポリ駅では時刻表が読めなかったので明日の便を教えてくれといったら、
「大丈夫、読めるわよ。にたようなもんだから。」といわれ無理やり読みました。
Щодняが「今日」なことだけは覚えたv
国営事業である鉄道の他、道路標識や全国チェーンのスーパーの看板などはだいたいウクライナ語。それに反して地元の企業などの看板や小さい本屋さんにはウクライナ語はほとんどなし。
一番びっくりしたのがテレビ!
ウクライナ語のチャンネルが圧倒的に少なく、中にはロシア語吹き替えの映画にウクライナ語の字幕つきという、ロシア語の強さを感じさせる放送の仕方もあった。
こんな環境なので、町をふらふらしていたら自分がウクライナにいることを忘れてしまいます。
最初のうちこそ、ウクライナ通貨フリヴニャを見れば「ああそうだ、ここはウクライナだった」と思い出しておったんですが、田舎に行けば行くほどみんながフリヴニャをルーブル(ロシアの通貨)と呼ぶので気分はロシア国内。
ウクライナはどこにあるんだー?と思いつつヤルタの町で博物館を探していたら、
お目当ての博物館の上階に面白い博物館をみつけた。

この建物、1階はヤルタの歴史・文化博物館になっていて、当時ここを訪れた文化人たちゆかりの品が沢山保存されています。ラフマニノフが弾いたペテルブルク製のピアノとか、アンドレーエフの当時の版の本とか。
2階はというとウクライナの女流詩人レーシャ・ウクラインカの博物館。
実際に彼女はここに住んでいたそうです。

ウクライナ文学といえばエフトゥシェンコ?とゴーゴリのパパしか知らない岡野さん。
ドアを開けるが先にウクライナ語でなんか話しかけられ困惑。初めてちゃんとウクライナ語聞いた!
とはいえみんなロシア語ぺらぺらなので案内はロシア語でしてもらいました。
レ−シャはウクライナ語で作品を書いたそうで、今日でも広く読まれているらしい。
そんな彼女は結核の療養にヤルタへ来て、ヤルタでなくなったそうです。
作家としての仕事の他に、エジプトに造詣の深かった彼女は翻訳業もこなしていたんだとか。
6ヶ国語(たしか)知っていた彼女は自らが療養の地に選んだクリミアの文化にも興味を持ち、
とりわけハーン(汗)の宮殿のあったバフチサライを気に入っていたんだって。
そういうわけで学芸員さんに「絶対ハーンの宮殿いきなさい」と勧められましたw
博物館にはいるまで何一つ知らなかった詩人についてかなり断片的に聞かされた上、
展示品の本とか全部ウクライナ語なのですごいのかどうかはわかんなかった(笑)
それでも何かの縁かなと思ったので、町一番の本屋さんでレーシャ・ウクラインカの本を購入。
ロシア語訳を探したんだけどウクライナ語しかないって・・・。
ウクライナ語できる人だれか岡野に解説をくださいw
ウクライナ語が書いてあったので無理やりつなげますが
クリミアの名産といえばなんといってもクリミア・ワイン!

ラベルがウクライナ語で書いてあったので迷ってたら妙な英語で話しかけてきたおっさん一押しワイン、「マガラチ」を買いました。ロシアに帰って早速韓国人の友達と飲んだんですが香りも味も良くて大満足。モルドヴァのクリコヴォ・ワインよりクリミア・ワインのほうが気に入った☆値段もびっくりするくらい安いので、クリミアに足を運んだ際には是非!!
・・・とクリミアの思い出に浸る岡野さんがいるモスクワは現在15時半。
普段なら絶対家にいない、こんな早い時間になぜ家にいるか?
お酒弱いのにワイン→ウォッカとはしゃぎすぎたため、本日二日酔いで欠席したからですよ笑
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