路面を走る轟音をすりぬけて彼女がこう聞いてきた
「ねえ、何で私たちモスクワにいるんだと思う?」
そんなことロシアに来てから考えたこともなかった。
少し困ったなという僕の表情を読み取ったのか、
彼女は続けた
「私ロシアに来るまではモスクワは憧れの場所で、モスクワそのものが夢だったの。でもいつも間にかそれがそう思わなくなって、理由をなくしちゃって・・・。先生に何でロシア語を勉強してるのって聞かれてもいつもロシア語の響きがきれいだから、とか嘘ついてるの。」
僕が答えられたのは
「それは一番しやすい質問で、同時に一番答えにくい質問だよね。」ってだけ。
ロシア語を始めた理由はもうとっくに失ってる。
高校生のときはただただ外国語に興味があって、学校で勉強した英語の属するゲルマン語族と自分でよちよちやってたイタリア語を含めるロマンス語族以外の言葉に触れてみたいって思ったから。別にロシア語じゃなくてもよかったんだよ。
それでどうしようなんて選びかねていた高校3年生。
大好きだった日本史に出てきた個人的に青春の人、大杉栄がロシアの革命家クロポトキンに影響を受けていたと知って、ロシアってラクスマンやゴローニンだけじゃないんだーと認識したのも今思うときっかけなのかもしれない。(これでも健全な高校生でしたけどなにか?)
当時は劇場占拠事件や学校占拠事件でロシアって文字が新聞に沢山印刷されてたから、大杉栄が読みふけったロシアとも二葉亭四迷が訳したロシアとも片山潜が骨をうずめた(inクレムリン)ロシアともちがうロシアがテレビ画面や紙面から手招きしてたのかもしれない。
結局この頃ロシアに惹かれた訳はもうとっくに忘れてしまったし、
ロシア語を選んだ理由もわからない。
大学に入ってロシア語の勉強に苦しめられながら、高校のときはある種の終着点だった外国語の習得が通過点でしかないことに気づいて、じゃあその先になにを見つければいいんだろうと考え始めたことが高校生の時の目標をリセットしてしまった。
ロシア語の向こう側にある到達点を見つけたのは1年生が終る頃だったかな。
興味を広げようと思って手に取ったロシア文学史の本に載っていたマヤコフスキイの「これについて」を読んだ時。改行多くて、意味わかんないから「変なのー」って思っていたけど、博物館で彼の詩の世界を、彼の生きた芸術の世界を体験したことで「意味が分からないことにも意味が込められているんだ」と彼を見直したのがここ2年間僕を陰で支えてきた「ロシア語を勉強する理由」なんだと思う。彼を理解することが今一番の目標だから。
こうやって理由も変化し続けている。だからいつも答えに窮する。
30分我慢して聞いてくれるなら一通り全部話してあげられるけど、
単文で、美しい語彙で答えることはできない。
しいて答えるなら
アメリカでもイタリアでもなくロシアが、
いつも僕の身近なところに潜んでいるからなんです
となるのだろう。
しかしながら、このレトリックをロシア語で伝えるのは至極難しい。

