8月のクラスの先生はよくこういった説明をします:
「古スラヴ語のжена(女の意)という言葉はаに弱アクセント(゛)を持っていたんだけど、ロシア語ではこれが同じ場所に保たれて強いアクセントになってね、セルビア語ではеにアクセントが移動して上昇強アクセントになったんだよ・・・云々」
ぽかんとして思考を閉ざしてしまえばそれ以上苦しむことはないのだけど、
ロシア語を勉強して、さらに教会スラヴ語の授業を受けたものとしては
ちょっと苦しんでもこういった説明を楽しまなくちゃと思うのです。
セルビアに来て一番変わったのは、言葉に対する態度。
ロシア語のчとセルビア語のчの音の調音方法のちがいだとか、
ロシア語のоという音でセルビア語を話すとネイティヴっぽくないとかいろいろ。
セルビア語を「ロシア語に似た南スラヴの言葉」として捉えるのではなくて、
2言語をまったく別の言語として認識しなくてはいけない。
元をたどれば同じ言葉なのに、スラヴ諸語はそれぞれに違う顔を持っている。
セルビア語をポーランドアクセントで話すこと、セルビア語をロシア語のア弁で話すこと、
セルビア語を日本語のuで発音すること・・・
小さな違いをきちんと認識することで、これらのことを修正できるんだろう。
言葉の世界は深い。でも頑張ったらもう少しその深淵を見れる気がする。
・・・そんなことを考えていたら、スラヴ語の足跡をたどりたくなって
マケドニアの景勝地オフリドまでバスで12時間かけていってしまいました。
この地は遥か中世に、キリル文字を作ったキリルとメトディウスの弟子クリエントとナウムが布教活動を行った場所。正教文化の中心としての面影やその後のイスラムによる支配の面影が見られる面白い町です。
オレンジ色の石で造られた教会と上階の窓が飛び出したマケドニアの伝統建築の並ぶ旧市街は、ゆるい雰囲気が漂っていて居心地がいい。教会は修復されてこぎれいに見えてしまうものの、中では荘厳な雰囲気をしっかりと保っています。
町で話されている言葉は、南スラヴ語のひとつであるマケドニア語。
k´やg´という不思議な音を持ち、
他のバルカン諸語の影響で「格変化」を失った言葉。
自分たちの言葉が「複雑な格変化を持たないスラヴ語」だということをよく知っているせいか、マケドニア人は「マケドニア語は簡単だ!」と自信満々でいってのける。
セルビア語で話しかけるとたいそう驚かれ、
「マケドニア語が出来るのか?」とすっとぼけた質問をしてくるし。笑
湖岸にはキリルとメトディウスの像が立っています。
彼らがキリル文字を作ったのが1000年くらい前。
さすがにギリシャまで行ってる時間はないけど、
少しスラヴ世界の原点に近づけた気がして良かった。
帰ったら教会スラヴ語の教科書読み返したいかも。
今なら前よりももっと真面目に取り組める気がする。
日本を離れて1年。
ちょっとは成長したんだろうか。
そろそろそういったことを考える時期に入ってきたみたいです。
帰国まであと2週間。
帰りの新幹線代あるかとか、最近専門に触れていない危機感だとか、スーツケース重くてまた罰金取られるんじゃないかとか、お土産ってなんですか?とか、8月30日から9月7日まで実は究極に暇じゃんとか、モスクワでヴィザなし宿泊できず逮捕されたらどうしようとか・・・
心配事の原因がすべて「計画性のなさ」だと自分でも見て取れて恐ろしいです。笑
こういうとこを直したかったんだけどなあ。
というわけで今日は「ソ連言語政策史再考」という論文を読みながら寝ます。
Лаку ноћ!!(おやすみなさい!!)
「古スラヴ語のжена(女の意)という言葉はаに弱アクセント(゛)を持っていたんだけど、ロシア語ではこれが同じ場所に保たれて強いアクセントになってね、セルビア語ではеにアクセントが移動して上昇強アクセントになったんだよ・・・云々」
ぽかんとして思考を閉ざしてしまえばそれ以上苦しむことはないのだけど、
ロシア語を勉強して、さらに教会スラヴ語の授業を受けたものとしては
ちょっと苦しんでもこういった説明を楽しまなくちゃと思うのです。
セルビアに来て一番変わったのは、言葉に対する態度。
ロシア語のчとセルビア語のчの音の調音方法のちがいだとか、
ロシア語のоという音でセルビア語を話すとネイティヴっぽくないとかいろいろ。
セルビア語を「ロシア語に似た南スラヴの言葉」として捉えるのではなくて、
2言語をまったく別の言語として認識しなくてはいけない。
元をたどれば同じ言葉なのに、スラヴ諸語はそれぞれに違う顔を持っている。
セルビア語をポーランドアクセントで話すこと、セルビア語をロシア語のア弁で話すこと、
セルビア語を日本語のuで発音すること・・・
小さな違いをきちんと認識することで、これらのことを修正できるんだろう。
言葉の世界は深い。でも頑張ったらもう少しその深淵を見れる気がする。
・・・そんなことを考えていたら、スラヴ語の足跡をたどりたくなって
マケドニアの景勝地オフリドまでバスで12時間かけていってしまいました。
この地は遥か中世に、キリル文字を作ったキリルとメトディウスの弟子クリエントとナウムが布教活動を行った場所。正教文化の中心としての面影やその後のイスラムによる支配の面影が見られる面白い町です。
オレンジ色の石で造られた教会と上階の窓が飛び出したマケドニアの伝統建築の並ぶ旧市街は、ゆるい雰囲気が漂っていて居心地がいい。教会は修復されてこぎれいに見えてしまうものの、中では荘厳な雰囲気をしっかりと保っています。
町で話されている言葉は、南スラヴ語のひとつであるマケドニア語。
k´やg´という不思議な音を持ち、
他のバルカン諸語の影響で「格変化」を失った言葉。
自分たちの言葉が「複雑な格変化を持たないスラヴ語」だということをよく知っているせいか、マケドニア人は「マケドニア語は簡単だ!」と自信満々でいってのける。
セルビア語で話しかけるとたいそう驚かれ、
「マケドニア語が出来るのか?」とすっとぼけた質問をしてくるし。笑
湖岸にはキリルとメトディウスの像が立っています。
彼らがキリル文字を作ったのが1000年くらい前。
さすがにギリシャまで行ってる時間はないけど、
少しスラヴ世界の原点に近づけた気がして良かった。
帰ったら教会スラヴ語の教科書読み返したいかも。
今なら前よりももっと真面目に取り組める気がする。
日本を離れて1年。
ちょっとは成長したんだろうか。
そろそろそういったことを考える時期に入ってきたみたいです。
帰国まであと2週間。
帰りの新幹線代あるかとか、最近専門に触れていない危機感だとか、スーツケース重くてまた罰金取られるんじゃないかとか、お土産ってなんですか?とか、8月30日から9月7日まで実は究極に暇じゃんとか、モスクワでヴィザなし宿泊できず逮捕されたらどうしようとか・・・
心配事の原因がすべて「計画性のなさ」だと自分でも見て取れて恐ろしいです。笑
こういうとこを直したかったんだけどなあ。
というわけで今日は「ソ連言語政策史再考」という論文を読みながら寝ます。
Лаку ноћ!!(おやすみなさい!!)
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