ボロージャのZUMZUMZUM

Мој град

セルビア語をサボりにサボっているので、
教科書の問題「テキストの見本みたく自分の町について書け」をやってみる。
辞書が無いから貧相な文章。笑

Ја живим у Кобу. Мој стан је у Мјодани. То је запад града. Ја волим Кобе, зато што тамо живе много странаца. У Кобу ја студирам руски језик. Моји пријатељи живе у Јоккаити. Ово није велики град. Они много воле свој град. И ја волим Јоккаити, његове улице и природу.

カザン2日目。

次の朝はごはんをたべるカフェ探しで幕を開けました。ロシアはカフェの始まる時間が遅い。9時に始まるところをやっとのことで探し出し、いざ朝食。

スメタンニクときのこ入りラプシャー(麺入りスープ)


Zavtrak.jpg



スプーンについた葉っぱが写真とる前にフライングした感じを物語っていますが(笑)、実際美味しかったです。スメタンニクは初めて食べたけど、薄味チーズケーキみたいな味。伝えにくいw


たっぷり朝ごはんを食べた後は、住宅街をふらふら散歩。住宅街の中に教会を発見し、礼拝を少しだけ見学してきました。日曜日だってことわすれてた。その横に廃墟になってる教会あって、友達と地下にもぐって軽く冒険。普通に怖かった。


廃墟になってる教会。ちょっと不気味。


20071030005153.jpg



住宅街を抜けると、レーニン通りに。ここは実際ウリヤーノフ家(レーニン一家)が1888年から1889年まで約1年間暮らしていた通り。レーニンはこの近くのカザン大学に通っていたのだとか。ギムナジウムを論理学以外を5の成績で卒業した後、政治活動で追放されるまでの間ここで学び、マルクシズム同好会などの活動に参加していたそうです。同時期にはゴーリキイやシャリャーピンもカザンに住んでいたことがあって、ゴーリキイは後にレーニンとの関係を―我々の精神的なつながりはカザンにある(カザン時代は知り合いじゃなかった)―と回想しているそうです。

ちなみにこの通りにあるレーニンの家博物館では、館長兼解説員が開館11時に遅刻するというハプニングに見舞われるも、入場券代10ルーブル(約50円)で解説を全てしてくれたのでなんだか楽しかったです。「レーニン」っていう人間像を知ることが出来て興味深かった。

レーニンについて詳しくなった後は、自由広場の奥にあるタタールスタン中央文化センターへ。ここはタタールの昔から現代までを石像や遺跡、衣装や絵画、写真などと共に概観できる博物館。プーチンがイスラムの服着てる写真とかもあった。タタールの民族衣装もたくさん観れて勉強になった。

夕方になってやっとお昼ご飯を食べに中心地へ。たった2日で中心地に何度もきてます。笑 今度はタタール料理。友達はスープ・トクマチを、僕は包み焼き料理エチポチマクを。ほかは名前が難しすぎて記憶できずw薄味で日本人には嬉しい味付けでした。名物のお菓子チャクチャクもお店で購入し、夕暮れの市場を散策。

その後は夜の電車で一路モスクワへ帰還。今回も電車は解放寝台。先生には内緒wお土産のチャクチャクで話をそらせる、はず。



ところで留学生活も2ヶ月が経過しましたが、お菓子の名前くらいしかロシア語まともに学んで無いような気がするのは気のせい?



チャクチャク↓
chak-chak.jpg

カザン1日目。

南の次は東。

寒くなりつつあるこの頃でも旅行したい欲は衰えません。今回旅行した場所はロシア連邦はヴォルガ河のほとりに位置するタタールスタン共和国の首都カザン。

モスクワから電車で12時間かけて、現地に朝8時前に到着。そこからホテル探し。まあホテルくらいすぐに見つかるだろうなんて高をくくって予約も何もしてなかったけど、



駅前のホテルは満室、もしくは高い部屋のみ。



こまった。



と、ちょうどいいところに交番があったので友達が聞いてみると



みんながそれぞれに知ってるホテルの名前を言い出して、結局ホテルを警察の車で数件まわることになる。親切すぎ、ってか暇すぎ。笑

これでホテルも見つかるだろうと思いきや、遠足などの宿泊が重なってどこもいっぱい。途方にくれて、中心地をぷらぷら。背の高い高そうなホテルを発見し、値段を聞いてみる。

が・・・1万円近いのであきらめて、日借りできるアパートの場所をロビー係のおばさんに聞いてみると、アパートは無いけどホテルに半額くらいで泊めてあげるといいだす。意味が分からないまま掃除のおばさんを紹介され連れて行かれる。


掃除係「今からこの部屋をかたづけるからここにとまりなさい。2人で1200ルーブル(約6千円)よ。鍵はフロントに預けちゃダメ!これは秘密よ。」


つまり、


掃除係が清掃し、鍵を返却することで空室が分かるシステムらしいんだけど、掃除係がそれを利用して、掃除がおわったけど鍵を返却して無い、空室なのに未清掃扱いの部屋を僕たちに安く提供してくれたってこと。裏口宿泊とでも言うのか?笑

こんなことしてていいのかと思いつつも、野宿はいやなのでここに決めることに。

ホテル探しに2時間近く費やした後は、世界遺産にも登録されている、カザン・クレムリンへ。正教の教会もあれば、イスラムのモスクもある、不思議な場所。

MOSK.jpg



モスクの中のイスラム博物館でひとしきり愉しんだ後は、イスラムグッズを物色。帽子が魅力的すぎて大興奮。観光客丸出し。

世界遺産になったこともあってか、寒い日にも関わらず観光客がわんさか。ま、ほとんどがロシア人だけどw

クレムリン見学後はウズベク料理屋さんでランチ。150ルーブル(約750円)でスープとメインとコーヒーが頼めたので大満足。ついでにお土産屋さんもまわっていろいろ買いあさる。

午後からはタタールスタン共和国民族博物館へ。原始時代は独自の文化、そのあとにモンゴルの支配が、そして中世にロシア帝国の支配っていう複雑な歴史によって織り成されてきたタタールスタンの歴史に親しめてよかった。一番楽しかったのは兵士を正しい順番で兵装させるゲーム。これでちゃんと兵装できる。笑

博物館で頑張りすぎて眠くなったので、夕暮れの中心地を散策するも、寒さと眠さに負けて、結局ホテルで2時間昼寝。

昼寝から覚めた後(午後9時)は、警察に7時以降は出歩くなと言われたにもかかわらず、周辺散策。市街地だし明るくて、人も多いからまあいっか、みたいな。笑 

夜の中心地、バウマン通り(Ул. Баумана)の教会。


20071030002733.jpg



これがカザン1日目。つかれた・・・

落ち着く



モスクワに住み始めて、この言葉を使った回数は数知れず。今はモスクワ国立大学本校舎の寮に住んでいます。В(ヴェー)棟の15階。ここが4つ目の定住先。タクシー呼んで引っ越して、掃除してやっと落ち着きました。文字通り。

ここまで毎日何かしらすることに追われていて、振り返る暇もなかったです。単語の復習しないと・・・切実。テストもあるのに。苦笑

とか言いつつ、今日はアエロフロートの格安ヨーロッパ周遊旅券の発売日だと聞いて、ヨーロッパ行きたくなったけど。笑 月末にカザン(国内)、11月にもしかしてヨーロッパ?っていう完全に学校のこと気にして無い今日この頃。ロシア語の発音と語彙が今の課題。あと女の子に間違えられないこと!!(真剣)

今月も残すところあと10日ほど。あと1000ルーブルで生活できるかしら?本買い過ぎ癖をなんとかすれば大丈夫、なはず。(ちなみに留学1ヵ月半にして20冊くらい買った。もちろん読んでない。)

引越しばかりで常にアウェーなのが寂しいけれど、留学生活は楽しく、有意義な気がします。でももう少し頑張れる、気がする。

そういえば、引越しの時にお世話になったタクシーで「どこの国からきたの?」
って聞かれ、「日本からです」と答えたら、


「日本からかー!ロシア語しゃべるのにロシア人ぽくないなあって思ったんだよ。」


一目でアジア人ってわかる顔なんですけどw

憂鬱な朝は、

散歩に行こう。(注:金曜日の朝です。勿論授業あります。)


と決めたが最後、


あれよあれよという間にモスクワ南西部のスポルチーヴナヤ駅近くのノヴォデーヴィチ墓地へ。墓です。断っておきますが、変な趣味があるわけではないです。

この日は気温3度ちょい。雪がちらつく中、花を一輪買って墓地の中へ。
この墓地にはロシアの有名人がたくさん眠っていて、マヤコフスキイもここで永眠してます。ほら変な趣味じゃないでしょ?笑

地図を買って墓を見つけ出し、献花。しばし沈黙。


・・・


さ、昼から授業にでもでてみるか。


寒空の下マヤコフスキイの墓前で考えたおかげで、前に進む決心がつきました。たくさんやらなきゃいけないことがあるな、ああ。


結局この日は昼から授業と旅行の計画、夕方は音楽院でコンサート、中心地でふらふらして外食、夜中は家で映画っていうめちゃめちゃ忙しい日になりました。ちなみに今度の旅行先はロシア連邦タタール共和国の首都カザンКазань。初イスラムの国。




なんたって一番の目的は、




チャクチャク(小麦と蜂蜜のお菓子)だけどね!注:スーパーで買えます

先生が2人?


10月第1週よりМГУの文献学部校舎で外国人向けのゼミが始まりました。科目もたくさんあって、どれもたのしそう。

僕は木曜日に「ロシア文学の中のノーベル賞受賞者」のゼミを取ってみました。わくわくしながら教室へ入ってみると、誰もいない・・・。嫌な予感。

始業ベルが鳴って先生が入ってきても、聴講生はオカノのみ。あれ?予約のプリントに6人くらい名前あったような・・・。それでも授業開始。自己紹介を終えて、まずはノーベルの話。小学校の頃に読んだ伝記の記憶を手繰りながら、なんとか理解。彼はペテルブルクに住んで、勉強してたらしい。その後はアゼルバイジャンのバクーで商売した・・・んだっけ?笑 
ノーベル賞が彼の遺言によるものだってことは知ってたけど、最初は審査が内密に行われてたとか、推薦状を送ってエントリーされてたとか、生きてる人にしか賞を授与しないとか、色々知らないことがきけておもしろかった。ちなみに唯一例外的に死後賞を授与されたのはロシアの詩人・作家のボリス・パステルナークなんだって。ちなみにノーベル文学賞は、「人間的な道徳の模範」を示す文学に贈られるそうです。あとトルストイはノーベル賞が始まった時期には未だ生きてたけど、「アンナ・カレーニナ」が当時にしてはショッキングな内容だったからとか、正教に破門されてたからだとかの理由で受賞できなかったっていう見方もあるんだって。


と、突然話の途中に誰かが入室。


生徒が増えたー(安堵)


入ってきたのは白人のおばさん。自己紹介をしてみれば、彼女はスロバキア語の先生で、モスクワ大への招聘教員であることが発覚。外国人ながら、ソ連時代にロシア語の教育を受けていたので、流暢。ゼミのテーマに興味があってきたのだとか。ゼミの先生よりも一回りくらい年上なので、ソ連時代の体験とかを挟んでくれて興味深いです。もはや先生が二人いるみたい。笑

ゼミの先生はロシア語が専門の方で、もう何年も外国人対象のゼミで教鞭をとっているベテランなので、話は分かりやすいし、質問もしやすい。そして何よりもテーマが日本では聞けない内容なのでおもしろい。「人数が少ないから、秋のうちに博物館にでも行きましょう」だって。どこに行くんだろう?楽しみ。

今日先生に言われた一言;

(教材のビデオを見ましょうって時に)


「私ビデオの使い方が分からないのよ。あなた日本人だからきっと知ってるわよね。


んな無茶な・・・。

ヴォルガ河をたずねて

9月末日の土日に、友達と2人でロシアははるか南に位置する地方都市、ヴォルゴグラード(ヴォルガ河の町の意)へ旅行して来ました。第二次大戦時に対独攻防戦の舞台となり、1961年までスターリニングラード(スターリンの町の意)と呼ばれていた町です。

モスクワから電車で18時間強。旅費をけちって解放寝台で行ったんですが、周りは良い人ばかりで、のんきにおしゃべりしたり、子供と戯れたり、食べ物もらったり、酔っ払いとからんだりしてあっという間に過ぎてしまいました。

ヴォルゴグラードについてから先ずしたことといえば・・・ホテル探し。笑 無計画な2人ですので仕方ない。道で見つけたホテルにチェックインして、いざ観光。

バスに乗って待ち一番の観光名所「ママエフ・クルガン(ママイの丘)」へ。ここは対独戦で犠牲になった兵士たちを祀った慰霊堂や、銅像、「母なる祖国像」という巨大な像がある記念公園。ソビエト軍のプロパカンダが壁に掘り込まれていて、「戦争に勝った」ということを今も誇りに思う気持ちが伝わってきました。敗戦国に生まれた僕たちが感じたことの無い前向きさがあります。

ここでのお目当ての「母なる祖国像」は近くで見ると圧巻。快晴の空に映える像を横目にヴォルガ河沿いの町を一望してひとやすみ。ここで戦争があったなんて信じられない。


Mamaev-krugan.jpg



丘を降りて、今度は港へ。ピロシキを買い込んで、ヴォルガ河のクルーズへ出発。30度近くあったので、ヴォルガ河の風が気持ち良い。1時間たっぷりクルーズして70ルーブル(≒350円)。破格。


Volga.jpg



クルーズの後は、川沿いを散歩しつつ次の目的地、「スターリニングラード攻防戦パノラマ博物館」へ。ここは先に述べた対独戦の資料を集めた博物館。対独戦の経緯について、新聞記事や写真で展示されていて興味深かった。日本の戦争関係の博物館と違うなあと思ったのは、対独戦の英雄兵士たちの展示が異常なまでに多いのと、犠牲者に関する展示が少ないこと。「戦争を繰り返さない」というメッセージより、「祖国のために戦った軍人の英姿を忘れるな」ってメッセージを発信してる気がした。誇りに思うことは大事だけど、戦争の悲惨さも伝えないと・・・って思うのは日本人だから?色々考えさせられる博物館だった。

日も傾き、お腹もすいてきたので、市場探し。トラムのホームで道を聞いたおばあさんが親切に市場まで連れて行ってくれたので、迷うことはありませんでした。お菓子を買い込んで、次はスーパー探し。貧乏旅行丸出し。笑

・・・

次の日は朝から州立郷土博物館。学生証提示で10ルーブル(≒50円)。ここは何でも安い。工事中だったので、別の場所に展示が移されていて迷ったけど、十分もとはとったはず。前線からの手紙は辞書を片手に読んだ甲斐があった。


大方観光を終えた正午過ぎ、重大なことに気が付く。


・・・




切符がなーいー!





ガイドブックに挟んでいたんだけど、手に持ってるときにどっかに落としてきたみたい。やばい。

ホテルも探したけど、やっぱり無いので駅の切符売り場へ。

切符なくしちゃったけど、パスポートもあるし(ロシアの人も外国人も買う際に番号を控えられる)、席番号も覚えています、っていったら、サヤヴレーニエ(届出、もしくは嘆願書)を書くよう言われ執筆。寮のお金を返還してもらう際に書いたことがあるから2回目。慣れたもんです。(嬉しくない)

届出提出後、即座に席の確認が取れたので切符再発行。切符売り場のおばさんに感謝。これでモスクワに帰れる。切符発行代は400円ちょっと。再発行してくれることにも、この値段にも驚き。

その後は駅構内で話しかけてきたお婆さん、日本に嫁いだ娘を持つタクシー運転手、乗り合いバス待ちの若い軍人たち、といった具合に次々と妙な人に出会っておしゃべり。話好きなロシア人らしいと言えば普通なのか?笑 時間が来て、モスクワ行きの列車へ。疲れていたせいかぐっすり眠れました。完全に油断してたw。朝起きたとき下のベッドのおばさんに「あなたパスポートをいれたポーチ落っことしてたわよ」と手渡される始末。気をつけなきゃ。

帰ってきた翌日は、冷蔵庫に長いこと放って置いたソーセージにあたって下痢・・・。(旅行の後だったから古いってこと忘れて食べちゃった。)授業の冒頭で休んだ理由を話すのがどれだけ恥ずかしかったか。笑

首都モスクワの大自然。

しばらく雨や曇りの日が続いていたのですが、日曜日の午後は天気が良かったので友達3人でモスクワ南部にあるカローメンスコエ公園に散歩に行ってきました。お目当ては真っ白できれいだと評判のヴォズネセニエ教会(Церковь Вознесения Господня)。



Tserkov.jpg




カローメンスコエは、公園自体が世界文化遺産に指定されていてる自然公園で、モスクワ川に沿って建てられた数々の教会や木造建築を見ることが出来ます。休日だったので、公園内には結婚式を挙げているカップルがいっぱい。実際に教会の中で挙式しているところまで見れました。

教会やその他の建造物がきれいなのも勿論ですが、公園の中の自然がきれい。中心地から何キロかの距離にこんなに静かで自然豊かな公園があるとは。暖かい時期にピクニックにきたい。ちなみにこの日は寒かった。12,3度くらい。

川沿いの道をふらふらして、山道を進んでいくと階段が・・・。友達が行こう行こうというので登っていくと、



お墓



の横に





りんご林!!!



山の上の平地にりんごの木がずらりと並んでいて、あたりには落ちたりんごがごろごろ。そして周りにはりんご狩りをしているロシア人がちらほら。え、ここってりんご採ってもいいの?

なんて思っている間に早速りんごを拾い始めている友達。すばらしい行動力。笑
しかし落ちているりんごは傷だらけなのでやっぱり木から採ることに。枝を揺らしたり、落ちてるりんごを枝に当てて落としたり、ロシア人がやっているのをまねしてトライ。



意外に沢山収穫できました。


Yabloki.jpg



食い意地張った日本人はすごい。ロシア人より本気で採ってたwちなみに気になるお味ですが、甘くてめっちゃ美味しかったです。お土産に袋いっぱいりんごを持って帰りました。りんごのなってるうちにもう一回くらい来たい。

冬のような寒さのモスクワで、秋らしいことをした一日でした。

[Valid RSS]