ボロージャのZUMZUMZUM

サナインでの珍事

       …愛、それは人生、それは大事なもの。…
       (ウラジーミル・マヤコフスキイの手紙より、拙訳おかの)

5月3日。朝起きてみるとエレヴァンは雨。
どんよりした朝であろうと、9時30分にはツアーのお迎えバスがやってくるので急いで支度。
なのにホテルの入り口で待っていてもバスはやってこない。

10時を回っておろおろしていたら、ミニバスが到着。
乗り込んでガイドさんと参加者と自己紹介。
本日のツアー参加者は、日本人一向3人にタタール人のおじさんの4人。
それにガイドのアンナさんと運転手の6人でツアースタート。

この日いってきたのは、エレヴァンからバスで3時間くらいの位置にあるサナイン。
アルメニア北部に位置するので、グルジアまであと少しのところ。

バスの中では宗教についておしゃべりするも、
仏教のことをロシア語で説明するのが難しすぎて苦戦。

日本の伝統建築は木造ですと言ったら、石の国アルメニアに住む人には考えられないといわれました。凝灰岩が一番ポピュラーな素材らしい。

人数の少ない和気藹々とした雰囲気なので、「止めてくれ!」も自由。
景色のいい所で写真撮影。山肌には地割れの跡。アルメニアは日本同様地震大国なんです。

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そうやっておしゃべりしていたらうねうね山道に。
ちょっと気持ち悪かったけど、景色がきれいで退屈しなかった。

急な山道をどんどん登って、山の上にあるサナイン修道院へ。

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青空が覗いて、ぽかぽかしてきたのでよかった。

サナイン修道院は、アルメニアの修道院では最古のもの。
サナインという言葉が、「一番古い」という意味を持っているらしい。

そんな修道院へ入ってすぐ、変な光景に気づく。

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教会の玄関口の廊下はこんな風に縦長の石が敷き詰められています。

アンナさんの説明によると、これは棺。
棺を踏んづけるなんて罰当たり・・・・!!!
と思いきや、これはいいことなんだって。

棺を踏むことで自分の罪が吸い取られて、いい力が逆にやってくるんだそう。
そして葬られているのは聖人だけではなく、普通の人も。
不思議な感覚を持ちながらも、しっかり棺に罪を吸い取ってもらいました。

サナインの山を降りたら、レストランで昼食。
メインの料理はコーカサス料理の代表格、串焼き。
串焼きってパサパサしてるイメージがあったけど、ジューシーでぺろっと平らげました。

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レストランで沢山喋って、酔っ払って、笑って―と楽しい時間をすごしたら、
小雨が渋る中ツアー再開。

次なる目的地は、サナインの向かいにあるアフパト修道院。
この修道院は10年だけサナインより新しく、この2つの修道院はずっとライバルだったんだって。

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教会はやはり石造りで、建築はサナインよりも古めかしい雰囲気を漂わせていていい。
太陽時計の文字盤が全部アルメニア文字で書いてあった。
まるで教会スラヴ語みたいですね!ってコメントしてみたら、
アルメニア人とタタール人に「しらない」って言われた。笑
ロシア語で話してるけど、彼らロシア民族じゃないんだった。
もともとロシア語が母語じゃない人とこうやって交流できるのも、ロシア語やってるメリットなのかな?

タタール人のおじさんはロシアのバシキール共和国生まれだったんだけど、
チャクチャクの話したら反応良かったv(←タタール=チャクチャクっていう短絡思考)
バシキール風は粒が大きくて、タタール風は小さいんだって!
チャクチャク情報はいつでもどこでも重要事項です。笑

二つの修道院を心行くまで堪能した後は、もう帰路。
帰りも自由ストップでふらっと止まって雪の残る山脈をパシャッ。

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標高が少し高いので、結構冷え込む。エレヴァンとは10℃以上違う。
このあたりは水が良く湧き出ているというので、湧き水を飲みまたストップ。
運転手さんがいろいろ教えてくれるので退屈しない。

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なれない湧き水を飲んでしまったわれわれは、翌日見事に腹痛に見舞われました
アルメニアの水道水は比較的まともだったので油断してた・・・。

こうして出発から10時間を越えるサナインツアーは終了。
ガイドのアンナさんにも運転手さんにもタタールのおじさんにもほんと良くしてもらって、
十二分に楽しめた長距離ツアーでした。みなさんありがとう。

そんな楽しいツアーは、レストランで酔っ払ったり、トルコ人やイタリア人とおしゃべりしたり、棺踏んづけたりと珍事続きだったんですが、

もっとも衝撃的だったのはアンナさんがメール読んだ後に言った一言:


「妹が盗まれたわ!」


日本人がぽかんとしている横で、タタールのおじさんは笑ってた。
「コーカサスの虜みたいだ!」って。笑

アンナさん曰く、
もし女の子の親が結婚を許さなかったら、男の子は女の子を力ずくで盗むらしい。

妹が盗まれても平気な顔をしてたのはそのせいか。ちなみに女の子が結婚を渋っても盗まれるそうです。なので妹に結婚したいのか確認するメールを送ってました。笑

旅って予想外なことの連続ですね。

・・・まあこんなにいろいろあるのは、正直はじめてですが。笑


エレヴァンをとびだす

エレヴァン市内を粗方見終わったので、今度は市外へ。
あらかじめ現地の旅行会社に日帰りツアーを予約しておいたので、
お迎えバスにのってしゅっぱーつ。

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雨の予報だったのに晴れてましたv
写真のアークからアララト山を見ることができるそうです。

バスで走ること40分くらい(?)
最初の目的地ガルニ神殿に到着。

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4世紀にキリスト教を受容したアルメニアには、それ以前の異教信仰のものがほとんど残っていません。キリスト教受容後にほとんどが破壊されてしまったからです。

この神殿はその異教信仰の時代に建立された神殿で、アルメニア王の姉妹がひどく気に入ったため破壊を免れたそうです。王室の夏の別荘としても使われていました。

神殿の天井には、コーカサスで「命のシンボル」である葡萄と石榴が描かれています。この2つのシンボルは、キリスト教の教会や修道院でもみられます。

ガルニ神殿からの眺め。
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神殿のお土産売り場では日本語で話しかけられました。少ないとはいえ、ここを訪れる日本人はいるそうです。お菓子売り場でもコンニチハーって言われました。笑

アルメニアのお菓子(ケーキみたいなのはガナって名前)
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ガルニ神殿を後にして、次に向かったのがゲガルド修道院。
険しい山の合間に立っている修道院は、中世に立てられたもの。
入り口ではアルメニアの楽器を演奏するおじさんたちがお出迎え。

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門をくぐると石造りの修道院が。

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アルメニアの教会は基本的に質素。
祈りに集中するためにイコンで飾るのをさけるのだとか。
同じ宗教なのにロシアの雰囲気とは全然ちがう。

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こんな感じで全5時間にわたるガルニ・ゲガルドへのツアーを終えてエレヴァンに帰りました。
戦火に焼かれ、歴史的なものが少ないといわれるエレヴァンとはまた違う雰囲気を味わえて面白かった。田舎道の風景がまるで絵みたいだったのが良い思い出。牛のせいでバスが一時停止したりする感覚がおもしろい。

市内では時計止まっちゃったので安い(そしてださい・・・)時計を購入。
他2人は目覚まし時計とバドミントンのラケットをお買い上げ。
アルメニアに来て訳の分からない買い物をする日本人3人・・・笑

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ちなみにこのおもちゃ屋的なお店では世間話に花が咲き、
最後にお店のおにーさんの携帯で思い出に写真撮りました。
妙な日本人ズはしばらく携帯のなかにいすわるみたいです。


アルメニア滞在中いちばんおとなしかった日は、こうして過ぎていきましたとさ。

のんだくれる、もしくは3部作の完結編

ここに足が6本あります。

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Q.この中で酔っ払って千鳥足になっていたのは誰でしょう?

3日目の夜に出会った日本人の方の招待で、次の晩は中華レストラン。
進められるがままにビールを1本。地ビールのエレブニ。

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そのあとはワインが入ってもうほろ酔い。
料理もおいしくて食べる食べる。写真とるのも忘れておなかいっぱい食べました。
部長さんのおもしろ話をきいたり、現地で働いている社員さんの仕事話を聞いたり、
ごはんを囲んで経験ある人たちから色々教えていただいた。

レストランを出てからは、ちょっと移動して生演奏の聞けるバーへ。
ここでも飲む飲む。セックス・オン・ザ・ビーチ頼んだらアルメニア人びっくりしてた。なんで?

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生演奏の歌を聴きつつみんなでおしゃべり。
大人を前に緊張してたからか、いつもより酔わなかった。
それでまた飲む飲む。

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「恋の片道切符」歌ってくれた。アルメニア人歌うますぎ。
この頃はけっこう酔ってたのかも。気分良くて一緒に口ずさんでた。

そんな感じでまた夜中近くまで遊んでしまいました。
招待してくださった日本人の方々に感謝。食べ物と興味深いお話、ごちそうさまでした。

帰り道は変な人に遭遇。いわゆる変態というやつです。
文字にすると大変なので敢え無く割愛。
てか夜中のエレヴァンをマドンナの「ハリウッド」熱唱しながらあるいてる日本人ズはどう考えても目立つわ。笑

そして次の日。

ツアーで出かけた先のレストランで、昼間から自家製ウォッカをごちそうされる。
なんでも桑の葉から出来ていて、ロシアでも高価なのでそうそうは飲まないものらしい。
そんなアルメニア・ウォッカのアルコール度数はガイドブックによると最低60度。
ウォッカはどれも40度だと思ってたのに・・・・・・orz

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(コップに入ってるのがウォッカ)

案の定早速酔っ払って赤面。運転手以外顔赤くして、みんなで談笑。
デザートを前にガイドのアンナさんのすすめで酔いをさましに。
トルコ人のおじさんに間違えてイタリア語で話しかけて困惑された。笑
このおじさんはグルジアを旅行してアルメニアに来たばかりだそう。気の良いおじさんだった。
ちなみにイタリア語で話しかけたのはイタリア人がいっぱいいたから。
アルメニア人曰く、アルメニアにはイタリア人がよく来るらしい。
そして教会でであったイタリア人のおばさん曰く、イタリア人と日本人はどこにでもいるらしい。笑
このツアーのことはまた別の機会に。

ここでさっきの問題のこたえ。

酔っ払って千鳥足になっていたのは真ん中の2本。
茶色の靴のおかのさんです。

最終日にエレヴァン市内にあるコニャック工場「ノアNoy」の見学ツアーに参加。
そこで振舞われた年代ものワイン3種類にコニャック2種類。
朝ごはん抜きで行ったので、酔いがまわるまわる。

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1913年につくられたワイン。高品質じゃないと、腐ってしまうんだって。
飲みながら「このときマヤコフスキイは20歳かー」と思うおかのさんはもはや重症。笑
現在はワインの製造を中止していて、保存のみだそうです。

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工場が建っているところはもともとエレヴァン要塞があった場所で、
工場の一部に現存する城壁が使用されています。

博物館→ワイン保存庫の見学を終えたら、今度はコニャック。
10年ものと20年もののコニャックをチョコレートやドライフルーツとともに試飲。

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コニャックは甘いものと一緒に飲むんだって。
アルメニアの技術で生産しているコニャックはこの工場のものだけ。
チャーチルもここのコニャックが好きで、スターリンは定期的にこのコニャックを送っていたんだとか。

そんなコニャックをのんでもうふっらふら。
お酒強くないのに果敢にも試飲ツアーに参加するって言うこの暴挙。
解説してくれたガイドさんも呆れ顔。笑

結局この後千鳥足になって工場の前で1時間へばっていたおかのでした。
ワイン・ビール・カクテル・ウォッカ、そしてコニャック。ちょっとのみすぎた。

この酔っ払いが工場直売店のおばさんに大ウケだったことについてはもはや詳しく書くまい。
値段もお手ごろなアルメニアン・コニャックをみなさんおためしあれ。

こんな普通じゃないアルメニア体験は、
人生の宝になりそうです。

ふつうじゃないエレヴァン

前回のふつうにエレヴァンはこれを書くための序章。笑
珍事がいっぱいなのも旅行の醍醐味?

エレヴァン3日目の夜を前に・・・

2日目の夕方。
ノアの箱舟が流れ着いた場所といわれるアララト山を拝もうとロープウェイ探し。
アララト山とはアルメニアのフジヤマです。笑
アルメニア人曰くアララトは大アララトと小アララトの2つがあるけど日本のフジヤマは1つだ、だそう。
そんなすばらしいアララトは、アルメニアのシンボル。
しかしながら今はトルコ領にあり、拝むことしか出来ません。

ロープウェイは見つかったもののもう長らく運転していないらしく、駅は廃墟同然。
がっくりして他の方法を探すも、雲が多いので見えないといわれる。

アララト山を見れる確証がないまま迎えた3日目。
昼間の観光の後、うさぎの銅像がみたい僕のリクエストでカスケードといわれる長い階段状の広場へ。

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お目当てのうさぎさんを見る前に、好奇心からカスケードを登りきったところにある公園を散歩。
祝日だったので露天でにぎわう歩道の先にはなんと遊園地。
あきらかに子供向けっぽいのに入っていく日本人3人。笑 
最初は見てるだけ・・・だったのに観覧車を発見したとたん・・・乗ること決定。

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ちっちゃいわりに意外にこわい観覧車で3人わいわいしていたら、
町の景色が開けてきた。

きれーい!

んん?

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アララト山みえてるやーん!!!!


観覧車の中で興奮して写真とりまくる日本人ズ。
アララト山が見えてテンションがあがったのか、他の乗り物にもチャレンジ。
うさんくさいミッキーとも写真とって、アルメニアの子供たちのように遊園地を満喫しました。

おなかをすかした3人は、ここでコインを投げて晩御飯決め。
レストランか、スーパーで買うか。

―結果はレストラン―

あ!!

そういえばうさぎの銅像のこと忘れてた。笑
ということでカスケードまで戻って、うさぎさんのもとへ。

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触っちゃいけないうさぎをばっちり触って写真撮影。
でもこの銅像に何の意味があるのかはまったくもってなぞ。

カスケードを下って、初日に訪れたレストラン「カフカス」へ。
ここで近くの席にアジア人らしき一団(といっても4人)を発見。
とりあえず様子を見つつも、声をかけるわけでもなく3人で晩御飯。

おなかもいっぱいになった頃、日本語が聞こえる・・・
アジア人の一団は日本人だ!
そう思いつつ別に声をかけるわけでもなく出口へ、

・・・・・・・

引き返して声をかけたなら

・・・・・・・

なんとお酒の席に招待してくださりました

というわけで学生3人は社会人4人にデザートとワインをご馳走になって、
名刺までいただいて、極め付けに翌晩に夕食に招待していただきました。
ここで出会った方はごみ処理場で発生するメタンガスを京都議定書に沿って改善するプロジェクトに参加している方で、とにかくみんなバイタリティーにあふれていて若い。
(もちろん年じゃなくてね)
そしてとっても博識で文化人。オペラの話に始まり、世界各国のお話をしてくださいました。
世界を飛び回って働いてる人って、高官だけじゃないんだなあ。

就職活動を頑張ってるともだちを横目に、留学という逃げ道を選んだ僕にとっては
実際に働いている人と話をするのはたぶん初めて。
将来のこともう少し現実味を持って考えなくちゃいけないなあ・・・なんて思ったり。
留学も進学もその先に就職が待ってるには変わりないのに。

良い機会にめぐりあえた、ほんとに。
ある作家の表現を借りれば「前進、もしくは前進のように思われるもの」を感じたんだと思う。

こうして12時すぎまでレストランで飲んで、夜中のエレヴァンをとぼとぼ帰りました。
ただでさえ危ないといわれるコーカサスの国で夜中ほっつき歩いてたなんて先生にいったら、なんと言われるか。笑 これは秘密にしておこう。

そして約束どおり、

次の日もご馳走していただいたんですが、

それはまた次の日記で。

ふつうにエレヴァン

エレヴァンでは博物館を中心にいろいろ回りました。
長年夢見てた(言いすぎ)パラジャーノフ博物館にもいけて大満足。
ちょっと真面目に観光した様子を今回は紹介。笑

まずは共和国広場正面に位置する歴史博物館。10時からかと思いきや、まさかの11時オープンだったので本屋を物色。アルメニア文字の絵本買ったv読めないんだけどね。

11時なったので歴史博物館へ。イコンや絨毯に始まり、出土品やコーカサス戦争の展示品が沢山あって面白かった。アルメニアは301年に世界で始めてキリスト教を国教として受容した国。イコンの様式も東方正教や他の宗派とは違っておもしろい。プリミティビズムっぽいタッチなのが素朴。

続いてはマテナダラン。

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マテナダランは古文書。アルメニア語で書かれた古い書物が数多く保管されています。アルメニア文字は405年にマシュトツの手によって作られて以来、今日に至るまで変化していません。しかしながら言葉そのものは変化したため、文字が同じでも古代アルメニア語と現代アルメニア語はちがうそうです。

今度は所変わって、メトロと乗り合いバスを乗り継いだところにあるアルメニア人虐殺博物館。

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1回目はまさかの臨時休業であえなく退散だったんですが、あくる日に出直したら開いてました。ここにはトルコ人によるアルメニア人虐殺の過程が展示されていて、そのどれもが虐殺のむごさを語るものばかりです。これをみてトルコを責める気にはなれませんが、多くの人の命が失われたことを寄り近くで感じられて胸が痛くなりました。歴史的なアルメニア領の大部分がまだトルコにあるというのも、アルメニア人には納得がいかないようです。

あついあつい日の昼下がりに訪れたのは念願のパラジャーノフ博物館。

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セルゲイ・パラジャーノフはグルジアのトビリシで生まれたアルメニア人映画監督で、ソ連時代はその逸脱した映画文法から不当な逮捕・投獄の辛酸をなめてきました。そんな彼が晩年に建てた家がこの博物館。映画のシーンの写真はもちろん、彼の描いたスケッチやコラージュが数多く展示されています。中でも気に入ったのがピロスマニの絵のコラージュとジョコンダの絵のコラージュ。既成のものをいったん分解してまた作り上げる構成力は圧巻。

最終日に訪れたのはハチャトゥリアン博物館。

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エレヴァンにきて知ったんだけど、この人は『剣の舞』やバレエ『スパルタク』の作曲者。世界的に有名なアルメニア人の一人です。彼か弾いたというピアノや衣装などが保管されていて、日本公演時のポスターもありました。彼の教え子には日本人もいたそうです。いつだったかに音楽の授業で習った曲を作った人の博物館に来るなんて不思議な気分。そういえば最近ペテルブルクで『スパルタク』の新演出が初演されたそうですよ。(雑誌情報)

博物館の他にも、見るものいっぱい。

市街地のはずれにある教会は石造りで落ち着いた雰囲気。

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キリスト教の国アルメニアの首都エレヴァンにもモスクがあります。市内唯一といわれるブルー・モスクは大通りに面したところにあります。

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カザンでもクレムリンのモスクに入ったけど、観光名所じゃないモスクに入るのは初めて。
折りよく、お祈りしているところが見れました。
このモスクはアルメニアとイスラムの友情のシンボルなのだとか。

・・・日も暮れた頃には、アルメニア音楽とダンスのコンサートを聴きにコンサート・ホールへ。

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民族衣装もきれいだし、踊りも良かったんだけど、合間に入るポップスみたいな音楽が残念でした。それでもアルメニア人的にはブラボー。笑

こんな風によく歩き回ったので、沢山食べました。

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食いしん坊アルメニア旅行といっても過言ではないです。
沢山歩いて・食べて・寝て。

・・・モスクワでもこれくらい頑張れるといいんですけどね。笑

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