ボロージャのZUMZUMZUM

さよならリテラチャー

水曜日に外大でやってたちっちゃいパタゴニア写真展にいってきました。
アルゼンチンの場所も知らない、パタゴニアが何かも知らないおかのさんでしたが、
自然がすごききれいなのと、町の建物がカラフルでおもちゃみたいなのに惹かれました。
写真を通して自分の目にしてきた世界を発信するっていいアイデアだよね。


ところでタイトルにした「さよならリテラチャー」は、
ぼくのセルビア語・ロシア語辞典の見開きにかいてある言葉です。


その「さよなら・・・」を書かれたのは少し前のことで、
なんでこれを書かれたのかもよく覚えていないんですが、


これが現実のものになったので少しびっくりしています。


もう少し具体的に決まったら、このことについて詳しく書きます。
(ひょっとすると冬まで決まらないかもしれないが・・・苦笑)


話題の無いこのごろ(笑)

どうもおひさしぶりです!
進路も決まってなければ、特に頑張って従事していることもないので更新してなかったおかのです。

この1ヶ月の間で報告できるようなことといえば、
JI●Aで研修をしているセルビア人2人組みと仲良くなったことくらいです。

日本語を解さない彼らと神戸をぶらぶらしたり、正教会にいったり、水族館へ行ったり・・・
久々にセルビア語でコミュニケーションを取れてうれしいんですが、
まあ言葉の出てこないこと!死

人にいっちゃいけない言葉とかを覚えていても、
会話に出てくる簡単な単語を知らない、もしくは忘れていて何度も笑われてます。
それでも当の2人は「セルビア語を勉強している日本人」がいることを喜んでくれていて、
やれ本や、やれ雑誌やと力量的に当分読めそうに無い書物をプレゼントしてくれます。

最近は"podunavac"(「ドナウ川沿いに住んでる人」の意)という妙なあだ名をつけられたり、
名前を語形変化させて"kanamče"(「カナムチェ」)と呼ばれたり、
彼らのセンスがいまいちわからなかったりします(笑)
そういえば、去年の夏の留学でもあだ名をつけられたなあ・・・

まあ、何はともあれ日本でセルビア語を使うチャンスにめぐり合えて充実しています。
もっと多くの話題に対応できるよう語彙数を増やさないといけないとか
セルビアについてもっと知識を増やさないといけないとか
課題もたーくさん見えているのですが、どれも避けて通れない道なのでがんばります。

では、これで近況報告おわりー。

のっとられた!!

ロシアのFacebookことVKontakteでのこと。

一昨日、仲良しのマーシャから変なメールが来た:

あのね、最近知り合いがあるリンクを教えてくれたんだけど、そこに知ってる顔があったの。もちろんあんなサイトで君を見るなんてすごく意外だったし、君に対する私の印象も変わったわ・・・。分かると思うけど、これのことね(リンク)
PSあんまり気にしないでね。


なんとも気になる内容だ!笑
しかもリンクがVkontakteのサイト内っぽいアドレスなので、かなり油断してクリックしてしまった。


パスワードをもう一回入れろの指示にしたがってページを開くと、
目のでっかい不細工なネズミの写真!


なーんだ、くだらない。


と思ってほうっておいたら、何人かの友達からメールが来た:


君はきっとページをのっとられたよ!!君から変なメールがくるもん!!


・・・゜д゜?


身に覚えが無いぞ、と思って送信メールを見てみたら・・・


なんと友人全員にスパムメールが送信されてるではないか!!


ひえー、っと慌てて、
とりあえず原因と思しきメールを送ってきたマーシャのページを見てみたら、


ステータス:「みんな、私のっとられちゃった!!スパムがくるわよ!!」


お、お前もか・・・!!!


散々パニックになった結果、パスワードを変えろという賢い、いやスパム慣れしたロシア人の皆さんのアドバイスのおかげで落ち着きました。

VKontakteでお世話になっている皆さん、本当に申し訳ありませんでした。
ぼくからくる妙なメールにあるリンクは絶対に開かないでください。

これからもうちょっと気をつけます。

言葉はときどきわからない

あるセルビア人とメールでやりとりをしたときに、うっかりU koliko sati ćemo se nađemo?(何時にあう?)と書いてしまった。ćemo da se nađemoと書かなくては文法的にまずい。

返信のメールの「追伸」にこの文法的な間違いがセルビア人にどんな印象を与えるか、本文よりもずーっと長い説明とともに書いてあった・・・。

標準セルビア語では、未来の時制をdaを用いて(daの後に動詞が人称変化する)接続法で表すのが一般的です。(例:Sutra ću da idem na univerzitet.私は明日大学にいく。)これは他のバルカン半島の言語(ブルガリア語とかアルバニア語とか)にも共通すること。しかしクロアチアやセルビアの中の自治州ヴォイヴォディナではdaを用いず、動詞の不定形をそのまま持ってくることが多い。(例:Sutra ću ići na univerzitet.)これは良く知られている一般的な事実。

じゃあdaを抜かして、かつ動詞を人称変化させて使用する(つまり接続法を使う)というのはセルビア人的にはどうなのか?これは単にまちがいと片付けられる例ではないらしい。メール相手の言うところによると、ぼくのやった「da抜き」の接続法はセルビア南部で聞かれる典型的な言い回しだそう。書き言葉と話し言葉の混ざるメールでそれをすると、あんまり「外国人らしくない」印象を与えるらしい。

うーん、まだまだ知らないことばかり。
間違え方ひとつでも、ネイティヴに色んな印象を与えるんだなー。言葉ってほんと不思議だ。
・・・まあ、こういうところが面白いのだが。

ちょっと改心

疎遠になるのはとても簡単だ。連絡を取るのを怠れば、見る見るうちにその人とは遠くなってしまう。自分はとても面倒くさがりやなので、そういったことを無意識にやってのけるほうだ。つい最近もセルビア人の友達2人から「メール返せ」メールが来たところだ。相手のことを忘れていないよって発信できないのは、忘れたも同然なんですね。

ところで、こうやって自分の不精をしかってくれる人がいるのは、とてもうれしいことだ。「メールこないな」―「まあいっか!」となってもおかしくないのに。思えば先月モスクワで再会した歴史学部の友人もそういう人たちだった。オーリャ、マーシャ、ナースチャ・・・セルビアで、同じクラスで勉強した友達。ぼくのことを時々「セルビア語・ロシア語辞典」として利用したり、アネクドート(小話)大会を開いたり、酔っ払って熱唱したり、ダンスの時間に盛り上がったり、雨のとき助けてくれたり―今思い出しても、とてもすばらしい時間を共有した仲間だとおもう。

モスクワでの再会は劇的だった。帰る前日の昼、急遽会うことになったのだ。観光客にまぎれてロモノーソフの像の前で待ち合わせて、再会の瞬間は絶叫した。銅像よりも我々が注目を浴びて、観光客に写真をとられた(笑)思い出話ももちろんだが、大学の勉強のことや、これからの研修のこと、将来のこととか、今だから言えるお互いの第一印象やら色々と話し込んだ。

信じられないよ、モスクワで再会できるなんて!と多分10回以上言われた。自分もちょっとそう思っていた。概して、1回の短期留学の縁でまた再会することはそう多くは無いと思う。短期留学のフィナーレの連絡先交換は、「ほんとうにしたい」からよりは、「え?だって普通するもんでしょ」という度合いのほうが高いように感じられる。(異論のあるかたもおられるでしょうが。)

だからこのとき、自分たちは再会したことでやっと本当の意味での友達になれた気がした。そしてこの不思議な感覚はこれからも連絡を取り合って、次また会える日まで互いを見失わないようにしようと強く思わせた。おそらく、彼女たちもこれに似た感覚をもったんだとおもう。「セルビアで一緒だった人」が「ともだち」になるのは難しいと自ら口にしていたし。

今回のモスクワ行きでは、人間として多くのことを学んだ気がする。交際に手を抜くと、そのつけが帰ってくることとか、相手に「ぼくは忘れてないよ!」って発信することの大切さとか、いっぱい。これを日常生活でももっと活かさないとなあ。

・・・と回想しつつ改心したので、
国内にお住まいで、しばらく連絡の滞っている友人のみなさんに近々メールを書こうと思います。メールやコメントくれたのに返事してない方々、ほんとうにごめんなさい!次会えるのを楽しみにしています。おわり:)

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